これまでに、窒息・気道異物、消化管異物について解説しました。
続いて、タバコ誤飲について解説します。
タバコは誤飲の中でももっとも多い原因のひとつで、全体の約20%を占めます。
近年では、電子タバコの誤飲事故も増えてきています。
タバコの誤飲は、家庭内に喫煙者がいれば起こりうる事故です。
今回は、タバコを誤飲・誤食してしまった場合の症状・対応について解説します。
タバコ誤飲の現状
タバコは、誤飲事故の内訳としてもっとも多いものです。
以下は、厚労省資料の家庭用品等による小児の誤飲事故の報告件数です。
また、近年では加熱式タバコによる中毒110番への問い合わせが増加傾向にあります。
直近では、加熱式タバコの相談件数が紙巻きタバコを上回っています。
日本中毒情報センター 加熱式たばこの相談件数が増えています!
タバコの毒性
タバコの成分のうち、問題となるのはニコチンです。
紙巻きタバコ1本には10-30mgのニコチンが含まれています。
一方で、ニコチンの致死量は成人で40-60mg、小児では10-20mgと言われています(1)。
すなわち、タバコ1本で小児にとっては致死量となりえます。
また、タバコの葉は水に浸けておくと30分でほぼ100%のニコチンが溶け出し、高濃度のニコチン溶液となります。
このニコチン溶液を飲んでしまうと、大変危険です。
タバコ誤飲(ニコチン中毒)の症状
症状の出現率と重症度
タバコ誤飲のうち、約80%は無症状であったといういくつかの報告があります(2)。
有症状例では、一過性の嘔吐、下痢、顔面蒼白などがみられ、いずれも軽症でした(3)。
海外での報告では、タバコ誤飲患者700例のうち、143人(21%)が有症状であり、そのほとんど(138人/99%)が嘔吐でした。
そのほかの症状として、傾眠傾向や不機嫌が報告されています(4)。
また、症状の有無にかかわらず転帰は良好でした。
症状出現までの時間
ニコチンの代謝と症状出現を調べた研究では、症状の出現は30分以内で、ニコチンの半減期は1時間であるとされています(5)。
しかし、摂取から1時間から4時間で遅発症状が生じるという報告もあり、4時間は経過観察が必要という文献もあります(1)。
初期症状 (15分~60分) | 遅発症状 (60分~4時間) | |
---|---|---|
消化器 | 腹痛、悪心、よだれ、嘔吐 | 下痢 |
呼吸器 | 気管支での粘液過剰分泌、多呼吸 | 無呼吸、呼吸抑制 |
循環器 | 高血圧、頻脈、蒼白 | 徐脈、不整脈、低血圧、ショック |
神経系 | 不穏、ふらつき、目のかすみ、錯乱 聴力障害 頭痛、多動、けいれん、振戦 | 意識障害、反射低下、筋緊張低下 無気力、脱力 筋肉の麻痺 |
竹内 慎哉, 小児疾患診療のための病態生理2 改訂第6版, 小児内科 53巻増刊, p1038-1041(2021.12)
重症例の報告
過去の症例報告の重症例では、けいれん、呼吸抑制、などの症状が認められました。
死亡例について
約100年間の文献的検索において、紙巻きタバコの誤食で国内256例、海外918例の中に死亡例は認められなかったという報告があります。
しかし、これは決してタバコが安全な物質であるというわけではなく、適切な処置によって救命された例も含むであろうことは強調しておきます。
タバコに含まれるニコチンは、誤食した場合に致命的となりうる危険物です。
治療について
胃洗浄
胃洗浄とは、鼻や口から胃に管を入れ、生理食塩水などで胃内を洗浄することです。
以前は、「タバコを飲み込んでしまったら胃洗浄」というのが標準でした。
しかし、現在では症状がなければ経過観察を行うことが一般的となっています。
1997年に、アメリカとヨーロッパの学会(AACT/EAPCCT)によりPosition Statementという声明が出されました。
それによると、胃洗浄は①命にかかわる症状があるとき、②摂取後1時間以内のとき、の両方を満たしたときにのみ適応となるとされています。
タバコ誤飲の多くが無症状もしくは軽症であることを踏まえると、胃洗浄の適応となるケースは少ないと思われます。
経過観察時間について
上述の理由から、症状がないかの経過観察については最長で4時間と考えてよいでしょう。
文献では2時間から4時間とばらつきがありますが、4時間以上経過してから症状が出現することはほぼないと思われます。
タバコ誤飲が起きてしまった際の対応
してはいけないこと
タバコの誤飲事故が起きてしまった場合に、してはいけないのは水や牛乳を飲ませることです。
水分によりタバコからのニコチンの溶出がかえって促進されてしまうこと、胃液のpHが上がってニコチンが吸収されやすくなってしまうことが理由です(7)。
受診をするかどうか
なにかしらの症状が出現した場合は、ただちに医療機関をすることが望ましいでしょう。
無症状の場合は自宅での経過観察も選択肢となる可能性はありますが、心配であれば医療機関または中毒110番に相談しましょう。
まとめ
タバコ誤飲は、誤飲事故の中でもっとも多いものです。
多くは無症状から軽症とされていますが、中には重症となるお子さんも報告されています。
また、国内外を含めてタバコの誤飲・誤食による死亡例はないともされていますが、これは決してタバコが安全であることを意味するものではありません。
小さなお子さんがいらっしゃるご家庭では、タバコ及び吸い殻の管理は厳重に行いましょう。
参考文献
- 竹内 慎哉, 小児疾患診療のための病態生理2 改訂第6版, 小児内科 53巻増刊, p1038-1041(2021.12)
- 千代孝夫, タバコ誤飲患者への正しい対応. 小児科臨床 2019;72(1):27-38.
- 新谷 茂,他:小児のタバコ誤食事故発生原因に関 する電話追跡調査. 小児科臨床 1992;45(2):373-380.
- McGee D, et al:Four-year review of cigarette ingestion in children. Pediatr Emerg Care l995;11 (1):13-16.
- 東海林里奈 他:急性ニコチン中毒.小児内科 1996;28:1263-1264.
- J Toxicol Clin Toxicol. 1997;35(7):711-9.
- 遠藤容子, 小児科と関連領域における臨床の常識を見直そう! 乳幼児のタバコ誤飲はすぐに水を飲ませる?(Q&A). 小児内科 2013;45(5):1028-1029.