鉄欠乏性貧血は、体内の鉄分が不足することによって引き起こされる貧血の一種です。
鉄は、赤血球中のヘモグロビンの構成要素であり、酸素を体の各部に運ぶ役割を果たします。鉄が不足すると、ヘモグロビンの生成が不十分となり、赤血球の数が減少して酸素運搬能力が低下します。
鉄欠乏性貧血は、世界で最多の栄養障害です。
全世界人口の30~50%は鉄欠乏であると言われています。多くは発展途上国でみられるものの、日本や欧米でもその数は決して少なくありません。
鉄分は、成長発達に不可欠な栄養素です。
鉄分不足により、疲れやすさ、動悸、息切れなどの症状が現れるだけでなく、運動部での不振、学業成績の低下、集中力の低下などのおそれもあります。
鉄欠乏性貧血が起こりやすいのは、新生児期、離乳食期、思春期です。
それぞれの時期において、貧血が起こる原因を知ることで適切な対策につなげることができます。
今回の記事では、貧血の起こる原因と、とりうる対策について解説します。
貧血とは
貧血と脳貧血
まず、貧血の定義から説明します。
一般の方にとって、『貧血』という言葉は2つの意味を持つことがあります。
1つは、「血が薄い」という意味。
もう1つは、「脳血流が低下する(脳貧血)」という意味です。
医学的には、貧血とは前者を意味します。後者は医学用語では「起立性低血圧」「迷走神経反射」と呼ばれるものです。
『脳貧血』という言葉は医学用語ではありません。いわゆる『脳貧血』の症状は、血圧の調節が上手くいかないことによる「起立性低血圧」が原因であることが多いです。
貧血の定義
貧血の医学的な定義とは、『血液中のヘモグロビン濃度が低いこと』です。
貧血の診断基準となるヘモグロビン濃度は、年齢や性別によって異なります。
WHOによる貧血の基準値は以下の通りです。
ヘモグロビンの働き
貧血とは、血液中のヘモグロビン濃度が低い状態のことをいいます。
では、ヘモグロビンとはどのような働きをするのでしょうか。
ヘモグロビンは、鉄を含むヘムとタンパク質であるグロビンからできています。
ヘモグロビンは酸素と結合し、血液を介して全身に酸素を運ぶ役割を担っています。
ヘモグロビンが不足した貧血の状態では、全身に酸素を効率よく運べなくなり、様々な症状があらわれます。
貧血の分類
貧血の原因となる疾患は、大きく以下のように分けられます。
1. 赤血球がつくれない(産生障害)・成長できない(栄養性貧血)
産生障害:白血病、悪性腫瘍、遺伝性骨髄不全症候群など
栄養性貧血:鉄欠乏性貧血、ビタミン欠乏など
2. 赤血球が壊れる(溶血性貧血)
先天性溶血性貧血、自己免疫性溶血性貧血など
3. 赤血球が失われる(失血)
過多月経、消化管出血、血友病など
4. 二次性貧血(他疾患や外的要因に伴う貧血)
感染症、膠原病、腎疾患、薬剤性貧血、放射線など
これらの疾患の中で、もっとも多いのが鉄欠乏性貧血です。
小児の貧血のおよそ半数は鉄欠乏が原因と言われています(1)。
体内における鉄の働き
体内の鉄の総量は3~4gといわれています。その分布は以下の図のようになっています。
赤血球(ヘモグロビン)…70-80% 全身へ酸素を運ぶ働き
筋肉(ミオグロビン)…10-15% 酸素不足時に備えて酸素を蓄える働き
肝臓(貯蔵鉄)…10-15% 鉄欠乏時に備えて鉄を蓄える働き
食物に含まれる鉄分は、主に小腸で吸収されてトランスフェリンという物質と結合し、各臓器へ運ばれます。
鉄分の約7-8割は赤血球に含まれており、一部が筋肉や肝臓に貯蔵されています。
鉄は酸素運搬、エネルギー産生、体格の発育および神経機能の発達に必須の栄養素です。
鉄欠乏の原因となりやすい時期
鉄欠乏の原因
鉄欠乏となる原因として、以下のようなものが考えられます。
これらのうち、最も頻度が高いのは鉄の摂取不足です。
鉄欠乏になりやすい時期
鉄欠乏になりやすい時期として、①新生児期、②乳児期後半~幼児期(離乳食期)、③思春期、があります。
1. 新生児期
新生児期におこる貧血は、早期貧血と晩期貧血にわけられます。
・早期貧血…生後8週以内に発症
赤血球を産生するエリスロポエチンの産生不足による
・晩期貧血…生後16週以降に発症
出生後、母体から移行した鉄が枯渇することで鉄欠乏となって起こる
貧血になりやすい児は、母乳栄養児、早産児、低出生体重児などです。
①母乳栄養児
母乳中に含まれる鉄分は100mlあたり約0.25mgで、育児用ミルクの約1/10程度です。
母乳には乳糖(ラクトフェリン)が含まれるため、吸収率は育児用ミルクよりも高くなっています。しかし、もともと含まれている鉄分が少ないため最終的な鉄分吸収量は母乳の方が少なくなります。
そのため、母乳栄養児ではミルク栄養児と比較して貧血になりやすい傾向があります。
②早産児
胎児は、胎盤を介して母体から鉄を供給され、貯蔵します。
正期産児が出生時に貯蔵している鉄のうち、約80%は妊娠28週以降の第3三半期に蓄えられます。
そのため、早産のお子さんでは鉄の貯蔵量が少なく、貧血になりやすいです。
③低出生体重児
新生児の体内に貯蔵される鉄は、体重に比例します。そのため、低出生体重児も鉄の貯蔵量が少なく、貧血になりやすいと言われています。
2. 乳児期後半~幼児期(離乳食期)
乳児期後半(特に生後9か月以降)は体の成長が著しく、鉄分の必要量が増加します。母乳栄養でもミルク栄養でも鉄分は不足しやすく、離乳食で鉄分が補えていない場合、鉄欠乏となることがあります。
3. 思春期
思春期も、離乳食期と同じく体の成長速度が大きく、鉄分の必要量が増加します。また、思春期特有の原因として、月経、過剰なダイエット、激しい運動などにより鉄欠乏をきたすことがあります。
鉄欠乏性貧血の症状
鉄欠乏性貧血の症状としては、貧血による症状と鉄欠乏による症状があります。
貧血の身体症状は、顔色不良、眼瞼結膜の蒼白などがあります。
症状が進むと、頻脈、心雑音、動悸、息切れ、頭痛、倦怠感などの症状が出現します。
鉄欠乏の特徴的な症状として、異食症といって氷などを好むというものがあります。
鉄と神経発達の関係
鉄は乳幼児期において神経発達に重要です。鉄欠乏により、脳のエネルギー代謝、神経細胞の形成、神経伝達物質の産生などをきたすためと考えられています(3)。
鉄は運動発達、睡眠サイクルの確立、学習や記憶において重要なモノアミン系の神経伝達物質(ドーパミンやノルアドレナリンなど)の合成や代謝に関わっています。そのため、乳幼児期の鉄欠乏は神経発達に時に不可逆的な影響を与えることがあります。
日本では、新生児期や乳幼児期に血液検査を行う機会が少なく、鉄欠乏に気づかれにくい背景があります。
鉄欠乏性貧血の治療
鉄欠乏性貧血には2つの段階があります。
1つめが鉄は欠乏しているが貧血には至っていない鉄欠乏症。2つめが鉄欠乏により貧血に至っている段階、すなわち鉄欠乏性貧血です。
貧血のない鉄欠乏に対しては、まず食事療法を行います。
鉄欠乏性貧血をきたしている場合には、後述する薬物治療を行います。
①食事療法
厚生労働省の食事摂取基準では、年齢別に以下のような鉄分の摂取量が推奨されています。
乳児期前半(0-6か月) | 0.5mg |
乳児期後半~幼児期(6か月~5歳) | 4~5mg |
小学校低学年(6~9歳) | 6~8mg |
小学校高学年~中学生男子(10~14歳) | 8-10mg |
小学校高学年~中学生女子(10~14歳)月経なし | 7-8mg |
小学校高学年~中学生女子(10~14歳)月経あり | 12mg |
高校生 | 10mg |
https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/000586553.pdf
主な食品に含まれる鉄分量は以下の図の通りです。
動物性食品に含まれるヘム鉄は約10~30%が吸収されるのに対し、植物性食品に含まれる非ヘム鉄は約10%以下しか吸収されません。そのため、鉄分の摂取という点では動物性食品の方が有利となります。
②薬物治療
貧血をきたしている鉄欠乏、すなわち鉄欠乏性貧血に対しては薬物治療を行います。
つまり、鉄剤による鉄分の補充です。
安全性を考慮すると、内服による補充が第一選択となります。
新生児や乳幼児ではシロップ剤、学童以降では錠剤がよく用いられます。
治療期間としては、血液検査で貧血が改善してからも3-6か月は鉄剤の補充を継続する必要があります。体内の貯蔵鉄が回復するまでには数か月かかるからです。
鉄剤の副作用としては消化器症状が多く、嘔気、腹痛、食欲低下などがみられます。
食後や就寝前に内服することで副作用が軽減することがあります。
新生児に対する鉄剤投与のガイドライン 2017について
新生児は鉄欠乏貧血をきたしやすく、早産児や低出生体重児では重症化のリスクもあります。
そのため、1950年代から新生児に対する鉄剤投与の方法が検討されてきました。
最新のガイドラインとして、『新生児に対する鉄剤投与のガイドライン 2017』(4)が刊行されています。こちらのガイドラインでは、早産児にたいしては鉄剤の経口投与を行うこと、正期産児にたいしては貧血を認める場合にのみ鉄剤の経口投与を行うことが推奨されています。
鉄剤の投与期間としては、離乳食が確立するまでを目安としています。
特殊な貧血について
月経と貧血
月経による貧血は、思春期女子によくみられます。
1回の月経で、約30-60mlの血液が失われます。血液1ml中には約0.5mgの鉄が含まれているため、1ヶ月あたり15-30mg程度、1日あたり0.5-1mg程度の鉄が失われることになります。
過多月経の場合は、さらに多くの血液そして鉄分が失われます。
過多月経の原因として、子宮内膜増殖症、子宮腺筋症、子宮筋腫などの疾患が隠れていることもあるため、月経痛が強い、月経の量が多いなどの症状があれば婦人科で相談しましょう。
スポーツ貧血
スポーツ貧血とは、スポーツ選手にみられる貧血で、そのほとんどが鉄欠乏性貧血です。
中学生、高校生、大学生の貧血検査で、14歳以上の女子の9%でヘモグロビン濃度が12g/dL未満のよう受診者であったという報告があり、この年代の女子選手の貧血の割合は一定以上と考えられます(5)。女子陸上選手の56%、新体操選手の50%に鉄欠乏性貧血がみられたという報告もあります(5)。
また、貧血に至っていない鉄欠乏の状態の女性はさらに多く、一般女性で約20%、女性アスリートで約50%と言われています。
スポーツ貧血となる機序は、いくつか考えられています。
①需要増大
スポーツ活動が盛んになる思春期以降は、第二次性徴期となり成長のスパートが起こります。体が大きくなると循環血液量も増加するため、ヘモグロビンの減量となる鉄の需要が増大します。また、筋肉量の増加に伴い、筋肉中のミオグロビンに含まれる鉄量も増加します。
毎日2-3時間の激しいクラブ活動を行うと、鉄需要は2-3倍に増加すると言われています。
激しい運動をするアスリートでは、1日13-18mg摂取してもフェリチン(貯蔵鉄)が低下したという報告もあります。
②摂取不足
体重制限のある競技では、食事制限が原因で鉄分の摂取不足となることがあります。階級制の武道や格闘技、体操、フィギュアスケートなどの競技にみられます。
時に摂食障害(拒食症、過食症)をきたしている例もあり、過度な食事制限には注意が必要です。
③排泄増加
激しい運動をすると、腸管への血流が少なくなって消化管出血を起こすことがあります。また、ストレス、鎮痛剤の多用なども消化管出血(胃潰瘍、十二指腸潰瘍)などのリスクとなります。
鉄分は、汗からも排泄されます。通常、汗から排泄される鉄分は微量ですが、フルマラソンを走ると2-4mgの鉄分が汗として失われるため、長時間の運動や大量の発汗を伴う競技では、無視できない喪失となります。
④物理的衝撃による赤血球の破壊
長距離走、バスケットボール、バレーボール、剣道など足を打ちつけることの多い競技では、足への衝撃で赤血球が壊れ、血尿の原因となることがあります。これを『行軍血色素尿症(行軍ヘモグロビン尿症)』といい、軍隊の行軍後の兵士に血尿がみられたことからつけられた病名です。
ただし、血尿は一過性であり、貧血の原因にまでなることはごく稀です。
⑤鉄の吸収低下
過度な練習により、血液が筋肉に偏って腸管虚血を起こすことがあります。その結果、鉄吸収の低下や腸管粘膜からの出血が起こります。また、長距離走選手では一定の確率で慢性胃炎を起こしていることがあり、鉄吸収低下の一因と考えられています。
⑥ヘプシジンの増加
ヘプシジンは肝臓で産生され、腸管からの鉄吸収を抑制する内因性ペプチドです。
強い運動負荷がかかると、ヘプシジンが放出されることで鉄の吸収が阻害され、鉄欠乏となることが知られています。
スポーツ貧血の治療は、鉄欠乏性貧血の治療と同じく食事、内服療法が基本です。
安易な鉄剤注射による治療は、鉄過剰症などのリスクがあるため控えましょう(後述します)。
牛乳貧血
主に0歳から1歳にかけて、牛乳を多飲する習慣のあるお子さんに鉄欠乏性貧血がみられることがあり、これを牛乳貧血と呼びます。
牛乳は、鉄含有量が100mlあたり0.02mgと低く、吸収率も10%以下であるため、鉄分の供給源としては実はあまり適さないのです。
また、牛乳を飲みすぎることで食事量が減り、必要な栄養素が不足するという側面もあります。さらに、鉄は胃酸によって酸化されることで吸収されやすくなりますが、胃酸が牛乳で中和されることで鉄が吸収されにくくなります。
3歳以下で、1日600ml以上の牛乳を継続して飲んでいる場合、牛乳貧血になる可能性があります。
厚生労働省の「授乳・離乳の支援ガイド」には、『牛乳を飲用として与える場合は、1歳を過ぎてからが望ましい』との記載があります。
また、フォローアップミルクは母乳や一般乳と比較して多くの鉄分を含みます。しかし、フォローアップミルクは母乳やミルクの代わりとなるものではなく、「鉄やカルシウムを多く含むベビーフード・乳幼児向け飲料」と考えた方がよいでしょう。
WHOは、「フォローアップミルクは通常不要である」としています。その理由として、糖が添加されて甘みが強く早期に満腹感が得られてしまうことなどがあります。
鉄剤注射について
2018年に、高校駅伝における不適切な鉄剤注射の使用が問題となりました。
全国高校駅伝 出場選手に血液検査 きっかけとなった「鉄剤注射」とは?
日本陸上協会は、2016年に『アスリートの貧血対処7か条』を公表しました。陸上競技者における鉄剤注射はそれ以前から問題視されていましたが、この提言にもかかわらず常習的に行われ続けてきました。
日本陸連の調査によると、全国中学生駅伝出場経験者の3.2%、大学対抗戦出場者の男子 11%、女子 16.9%が鉄剤注射を受けたことがあると回答しています(4)。
鉄剤注射には、鉄過剰症のリスクがあります。
鉄過剰症では、過剰となった鉄が体の細胞に沈着し、様々な臓器障害を引き起こします。
鉄欠乏性貧血の治療の流れは、①食事療法、②鉄剤内服療法、であり、これらの治療で効果が見られない場合にのみ鉄剤注射が考慮されます。
運動のパフォーマンスや集中力を高めるため、といった目的で安易に鉄剤注射を行うことのないようにしましょう。また、指導者も上記の目的での鉄剤注射を勧めることは控えるべきです。
日本医師会も、安易な鉄剤注射について提言をしています。
鉄欠乏性貧血に関連する疾患について
1. むずむず脚症候群
むずむず脚症候群(Restless Leg Syndrome)は、主に睡眠時に脚のむずむずするような不快感が生じる疾患です。小児では2-4%のお子さんにみられます。欧米の治療ガイドラインでは、脳の鉄欠乏がむずむず脚症候群に関与しているとみて、鉄欠乏を認める際には鉄剤の補充を推奨しています。
2. 泣き入りひきつけ(憤怒けいれん)
泣き入りひきつけは、乳幼児が大泣きした後に呼吸を止め、顔色不良、意識障害などをきたす病気です。生後6か月から3歳のお子さんの約4-5%にみられます。脳波や頭部画像検査では異常を認めず、4-5歳までに自然に改善します。
泣き入りひきつけでは鉄欠乏性貧血の合併が多く、鉄欠乏の所見がある場合には鉄剤による治療が有効なことがあります。
鉄玉子について
鉄分の補充方法として、鉄鍋による調理や鉄玉子と呼ばれる器具の使用が話題になることがあります。
鉄鍋、鉄玉子については以下の記事で詳しく解説されています。
本記事内では、『鉄鍋や鉄玉子で鉄欠乏性貧血を積極的に治療することは難しいと考えられるが、鉄が極端に不足しているひとや、調理法によってはいくらか有効かもしれない』という結論となっています。
まとめ
鉄欠乏性貧血は、様々な年齢でみられる疾患です。
症状が出るほどの貧血に至ることは少ないですが、鉄欠乏状態のお子さんは非常に多いと思われます。
特に離乳食期の乳幼児や、部活動を盛んに行っている中高生では貧血になりやすいです。
鉄欠乏は、症状が出る前の段階で介入していくことが理想です。鉄欠乏が気になる場合は、かかりつけの小児科でぜひご相談ください。
鉄欠乏性貧血のまとめ
・鉄欠乏性貧血は、世界で最も頻度の高い栄養障害である
・新生児期、生後9-24か月、思春期は鉄欠乏になりやすい
・鉄は神経系の発達に重要であり、特に乳幼児期の鉄欠乏は不可逆的となりうる
・鉄欠乏は症状が出にくい
・動物性食品の方が植物性食品より鉄分の吸収効率がいい
・食事療法で効果がなければ内服を行い、安易な鉄剤注射は行わない
参考文献
- 小児科診療 7(125);971-978:2021.
- 小児内科 53(7);1060-1064:2021.
- 小児内科 54 増刊号;828-832:2022.
- 日本新生児成育医学会雑誌 31;159-185:2019.
- 小児科診療 83(2);183-189:2020.